事例紹介|長野 「町ぐるみで温かく迎えてくれた」<インタビュー>

今夏は子供たちの夏休みに合わせ、短期間(数日〜一ヶ月程度)避難を支援するプロジェクトが各地で見られました。

今回お話を伺ったのも、夏休みに合わせた仮り住まいのケース。
長野県は信濃町黒姫の別荘を提供された太田さん(仮名。東京在住)と、福島県白河市から避難された松岡さん(仮名)です。

7月23日〜8月21日まで約一ヶ月間。松岡さんは、2才と6才(小1)のお子さんを持つお母さん。7才(小2)、10才(小5)の姪を合わせ、計4名のお子さんを連れて仮り住まいされました。

※記事中の写真は全て松岡さん提供。いずれも仮り住まい中に撮影されたもの

■仮り住まいをしたキッカケ
ご自宅は原発から約80キロほどの距離という松岡さん。
元々はおばあちゃん(松岡さんの実母)が放射能の影響を心配し、2才のお子さんを連れて移住したいと希望していました。ですが、家族が離ればなれになることは避けたいと話し合った結果、「夏休みだけでも避難しよう」ということに。
そんな矢先、たまたま手に取ったフリーペーパーで『避難を考えている人たちへ』として仮り住まいの輪が紹介されているのを見つけました。

当初1週間程度の避難を想定していましたが、『最長3ヶ月間』とあるのを見て「それだけ長く借りられるなら、夏休みを丸ごと過ごさせてあげたい」と決断。
幸い、松岡さん自身はインターネット関連のお仕事をしており、ネット環境さえあれば避難先でも仕事を続けることが可能。職場の理解が得られたため、おばあちゃん・二人の姪を含む6名で避難することにしました。

■入居者:車で通える距離に絞って物件を探した
「放射能の影響を心配せずに過ごせて、姪たちの両親が車で通ってこられる距離」とい考え、はじめから長野県周辺に絞って探しました。いくつかの物件を見ていく中で、最初に「いいな」と思ったのが太田さんの物件だったそうです。
問合せメールを送り、数日後に太田さんからお電話がありました。

「メールでは家族構成や主人の職業も全部お知らせしました。電話のとき『身分証明書をお送りしますか?』と訊いたんですけど、太田さんは『そういうのは結構ですよ』と言って下さって」(松岡さん)

電話口でそのまま入居が決定。物件探しからここまで、お互いにとてもスムーズだったようです。

■提供者:「福島の子供たちを助けたい」と別荘を提供
一方の太田さん夫婦は、現在では退職されていますが、揃って教育関係のお仕事をされていました。阪神大震災の際には現地でボランティア活動に参加しました。今回は被災地まで行くには体力が足りないけれど、「なんとかして福島の子供たちを助けたい」と考えていました。
教育委員会から「被災地の中高生をホームステイで受け入れてほしい」という募集通知が届いていましたが、ご事情があり太田さんのご家庭では受け入れが難しい。そんなとき、娘さんがたまたまテレビのニュースで仮り住まいの輪を見たことから、自宅での受け入れではなく長野の別荘ならば提供できると、物件登録を決めました。

ですが掲載後1ヶ月ほどは問合せがなく、初めての問合せが松岡さんのメールだったのだそうです。

「知らない人に貸すことに不安はあった。でも、松岡さんが『小さい子供たちを遊ばせてやりたい』というのを聞いて、信じられると思いました」(太田さん)

太田さんは電話で松岡さんの事情を聞き、その場で提供を決めました。

「太田さんは『(子供たちを)10人でもいいから連れておいで』『友達もどんどん連れてきて』と言って下さって。私が面倒を見るのが大変なので、そこまで大勢連れて行くことはできなかったんですけど(笑)」(松岡さん)

■入居前に、別荘で一晩一緒に過ごした
入居に当たっては、普段は人が住んでいない建物でもあるため準備が必要でした。松岡さんの希望もあり、入居前に現地で会うことを決めました。

7月16日、太田さん夫婦と松岡さん一家は、現地で初対面しました。
太田さんが事前に用意していた注意事項の紙面を元に、ガスの交換方法・退去の際の片付け方等、仮り住まい中の過ごし方を話し合いました。負担は水道光熱費の実費のみとし、仮り住まいの輪からダウンロードした契約書も交わしました。
そのまま2家族ともに別荘で一泊。太田さん夫婦は、子供たちにとってはちょうど、おばあちゃん・おじいちゃん世代だったこともあり、すぐに打ち解けて一緒に楽しく過ごされたそうです。

■自ら現地を案内、役場への挨拶回りも
別荘滞在中には太田さんが、車で周辺地域を案内。
のみならず、松岡さん一家と一緒に役場や公共施設に行って「福島からこういう家族が来られるので、できる限りのことをしてあげてほしい」と紹介しました。

「長野という土地には、もともとつながりがあったわけではなく、あくまで別荘地として家を建てただけ。でも長年通ううち、地域の人たちとは顔見知りになっていました」(太田さん)

プールや温泉に入れる「ふれあいセンター」では、被災者を対象に一部施設のみ無料としていましたが、全施設を無料で使用できるよう太田さんが掛け合いました。

役場でもふれあいセンターでも、太田さんの依頼を快く承諾してくれました。
特に役場の人たちは、観光課の課長さんが中心になり、役場の人が自宅で穫れた野菜を持ってきてくれたり、管理人さんを通じて子供キャンプのお知らせを届けてくれたりと、様々な形で松岡さん一家を支えてくれたそうです。

■町ぐるみのサポート

行政だけでなく、地域の人たちも温かく受け入れてくれました。
すぐそばの野尻湖ではカヌー教室が開かれていましたが、カヌーの先生は「福島から来ている人たちはお金はいいですから」と何日も子供たちを遊ばせてくれました。近隣ホテルの人も「泊まっていなくてもいいから、おいで!」とイベントに誘ってくれました。

「福島ナンバーの車で行くから、少し不安はあったんです。でも、嫌な思いをすることは一度も無かった。本当に、皆さんあったかく迎え入れてくれました」(松岡さん)

小さなお子さんを持つお母さんとして、新鮮な野菜を産地を気にせずたくさん食べさせることができたのも、嬉しいことのひとつでした。「そのまま住みたいと思った」というほど、長野での仮り住まいの一ヶ月は、松岡さんの予想を超えて豊かな時間になったようです。

8月の退去日には太田さんも立ち会う予定でしたが、娘さんのご出産が重なったため、叶いませんでした。後日、太田さんが片付けのため別荘へ行くと、机の上に松岡さん一家のお礼の手紙と写真が置かれていたそうです。
太田さんは初めて松岡さん一家に会ったとき、小さいお子さんの肌が真っ白なのを見て「やはり家の外に出られないんだな」と心を痛めていたそうです。
ですが、退去後に残されていた写真に写っていたのは、真っ黒に日焼けして元気いっぱい笑っている子供たちでした。

「それが本当にいい笑顔で。嬉しかったですね。真冬は来てもらっても(雪や凍結などがあり)生活するのが難しいので、登録を削除するかもしれない。でもこれからも、あの別荘を提供していきたいと思っています」(太田さん)

夏休みに子供たちを連れて田舎(実家)に帰るように、少し離れた地域へ仮り住まいする。そこには家族でも親戚でもないけれど信頼できる人たちがいて、温かく迎え入れてくれる。
「仮り住まい」は一時的な避難や「部屋を借りる」ということに留まらず、そうした場所や関係性を持つことにも、つながっているのではないでしょうか。

■今後も子供たちの休みには遠くへ行きたい
福島では、子供たちは常に首からガラスバッジを提げている状態。校庭は土を入れ替えるなど除染が終了しましたが、自宅周辺の田畑や庭の芝生も放射線量の数値が高く、今でも松岡さんは、小さいお子さんを自由に外で遊ばせることはできていないそうです。
近隣県へ遊びに連れて行ったこともありましたが、その後、その地域も決して安全ではないということが分かり、なかなか行き場が見つからずにいました。
関西など遠方に実家のあるお母さんが子供を連れて避難しているのを見て、「遠くに実家がある人はいいなあ」と思うこともあったと言います。

「最初は、一ヶ月も離ればなれになることも含めて、家族それぞれがとても不安だった。全く知らない土地で、ホテルでもないし、山の中なので余震も心配だった。
でも結果的に、『本当に行ってよかったね』『勇気を出して行ってよかったね』と話しています。こっち(地元)にいたら、あんなにのびのびとした夏休みは過ごせなかったかもしれない」(松岡さん)

松岡さんは、今後もなるべくお休みのときは子供たちを遠くに連れて行って遊ばせたいと考えています。その選択肢として今後も「仮り住まい」も検討したい、といいます。
取材後、松岡さんからメッセージを頂きました。

「何もしないでいて後で何かが起きて後悔するよりも、
自分たちで良いと思ったことはやれるだけやっておこうという思いでの行動でした。
今後もその気持ちは変わりません。
そして、子供たちの将来に、あんなことがあったねぇ…って、
でも、なんともなくて良かったねぇ…って、笑って話せる日が来ることを祈るのみです。

同じ思いを持つ福島県の方や、地震や津波などで大変な思いをされた方たちに、
「仮り住まいの輪」を通して、少しでも安心した日々を送れる方たちがいることを願い、
そして、全国にこんなにも支援してくれている方たちがいることを知り、感謝の気持ちでいっぱいです。

まだまだ、戦いは続きますが、
子供たちを守り、そして私も困っている方たちに手を差し伸べられるようになりたいと思います。」

あくまでケースごとに事情は異なると思いますが、松岡さんのお話からは、今後も冬休み・春休みなどお子さんの長期休暇に合わせた仮り住まいや、同地域・同物件を「リピート」するケースが出てくる可能性を感じます。
「避難する人」のサポートはもちろん、「提供する人」のサポートを地域や社会全体で行っていく。仮り住まいの輪では、通称『グリーンページ』というサポーター提供ページを設けていますが、こうしたサポーターの存在が、今後より重要になっていくのではないでしょうか。

 

(取材・文/石神夏希)

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