事例紹介|湯沢 「初めての海水浴」<インタビュー>

このサイトをご覧になっている方の中には、仮り住まいに興味はあるけど迷っている…という人も多いかと思います。
「仮り住まいに載っている物件ってどんな人が提供しているの?」「本当に無料なの?」「実際に避難してみて、どうだったの?」…そんな疑問・不安を少しでも解消できるよう、実際に仮り住まいを体験された方たちにご協力を頂き、実例を紹介していきます。

今回は、会社の保養施設であるマンションを提供された株式会社イシズエ・有賀社長と、福島県いわき市から仮り住まいされた小野さん(47)にお話を伺いました。

※掲載写真は、小野さんが仮り住まい中に撮影されたものです。


提供者:支援金だけでなく、自分たちの手でやれることを
そもそもイシズエさんが仮り住まいの輪を知り、物件提供したキッカケは何だったのでしょうか。

「地震が起きたとき、会社として何か出来ないかと考え支援金を送りました。
しかしもっと自分たち自身で何かやれないことはないかと、社員たちと話していました。そんなとき、取引のある設計事務所さんから、社員のひとりが仮り住まいの輪のことを聞いてきたのです。
その社員から『うちの湯沢のマンションを提供してはどうか』という提案を受け、すぐに提供を決めました」(有賀社長)

湯沢は東北から遠すぎず近すぎず、家具・寝具備え付けですぐに入居可能。しかも建物内には温泉があり、入り放題という恵まれた環境。「少しでも安心して、のんびり過ごしてもらいたい」という思いから、光熱費も会社で負担することに決めました。


入居者:たとえ半日でも放射線の少ないところで
一方の小野さんは、3月から4月にかけて富山の避難所に奥様と娘さんを避難させていました。小学校の教員である小野さんご自身はいわき市で仕事を続けていましたが、家族が離ればなれの状況を長く続けることは難しく、原発から40キロ程離れたご自宅に戻っていました。

しかし5歳(幼稚園の年長組)の娘さんの健康被害を心配し、週末は足の伸ばせる範囲で遠くに出かける日々。「外で遊ばせてやりたい」という理由はもちろん、たとえ半日でも放射線量の少ないところで過ごさせてあげたい一心だったそうです。

そんなとき、Twitter上紹介されていたいくつかの支援ボランティア情報の中のひとつとして、仮り住まいの輪に出会いました。
湯沢という立地に加え、ショートステイOKだったイシズエさんの物件を見つけ、「夏休みの間、一ヶ月ほど貸していただけないか」と問合せ。職場が夏休みに入る7月下旬を待って、いわきで資格試験の勉強をしている奥様に見送られ、娘さんを連れて湯沢へ避難しました。


なぜイシズエさんを選んだのか
最初は、“善意に甘えるようで申し訳ない”という気持ちで、かなり長いこと迷われたそうです。
しかし、家具家電が無償貸与だったこと、「湯沢」というよく知られた地名から暮らしがイメージしやすかったことに後押しされ、期限ギリギリに思い切ってメールで問合せ。その後は、窓口を担当していたイシズエ・佐藤さんと電話・メールでやり取りを続けました。

「電話口でも誠実さが伝わってきて、すぐ “この人ならお願いして大丈夫だ” と感じました」(小野さん)

契約時には、有賀社長と佐藤さんが救援物資を持っていわき市を訪れました。自分たちを少しでも安心させようと東京から足を運んでくれたことに、小野さんも驚いたと言います。

 

「部屋を貸す・借りる」だけに留まらない関係
仮り住まいの輪を通じて物件提供をされている方たちの中には、部屋を貸すだけに留まらず、避難されてきた方とコミュニケーションを取り、サポートされている方が少なくありません。

湯沢に来た当初、シーズンオフの間使われていなかったエアコンが不調でした。このため小野さんは自分で業者を頼み修理したいとイシズエさんに許可を取っていました。
ところが小野さんが親戚の不幸でいわきに一時帰宅している間に、エアコンは新品の物に交換されていたのだそうです。

「おかげさまで子どもがのびのび楽しく遊ばせていただいています。ありがとうございます」という感謝の気持ちを伝えたい― そんな思いから、小野さんは湯沢にいる間、ほぼ2日に1度は、いわき市にいる奥様とイシズエ・佐藤さんに写真付きメールを送っていたそうです。


娘に初めての水泳をさせてあげたかった
小野さんが夏休み期間の避難を決めた理由のひとつは、娘さんに生まれて初めての水泳をやらせてあげたかった、というものでした。
仮り住まい中にプールに10回、新潟の海に2回足を伸ばし、足のつかないところでも浮き輪を使って泳げるように。以前は水を怖がっていた娘さんが自分から「プールに行きたい」と言うまでになりました。

「いわきの海はこれから先何十年も入れない。“日本海はあったかい”と聞いていたけど、本当でした。そんな体験ができてよかった」(小野さん)

また自分自身がまずは体験してみて、周囲の人に伝えたいという気持ちもありました。

「いわきの人たちには仕事があり、お金も多少ある。だから “タダで借りる” ということに引け目があるようです。とはいえ自費で避難してしまうと、いざという時に必要なお金まで使ってしまうことになる。まとまった休みが取れず動くに動けない人や、インターネットで部屋を借りるということに不安や抵抗を感じる人も少なくない」(小野さん)

避難したい気持ちはあるが踏み切れない親たちの背中を押してあげたい― 小学生を教える先生として多くの親御さんと接する小野さんには、そうした使命感もあったようです。


仮り住まいを経て、生活がリセットされた
湯沢に来てから、小食だった娘さんがご飯をよく食べ、身体も丈夫になったと言います。一日の終わりに「今日は楽しかったね」とニコニコするお嬢さんの変化に、小野さんも「こんなこと言うんだな」と驚かれたそうです。

小野さん自身は、「スポーツニュースが見られるようになった」と言います。
もともとスポーツ好きだった小野さん。でも原発事故があってから、放射線に関わるニュース以外は、耳に入ってこなくなってしまいました。世の中が『なでしこジャパン』に湧いていても、気になるのは「放射能のニュースが減ったなあ」ということばかり。

しかし湯沢で過ごしているうち、また以前のようにスポーツニュースを楽しめている自分に気がついたそうです。いわきでは肌身離さずチェックしていたガイガーカウンターを、ふと忘れてしまうことも。
「生活がリセットされて、原発事故前に少し戻れたみたいで、嬉しかった」と話す小野さん。その明るい声が嬉しい反面、福島の厳しい日常を垣間見た思いがしました。


迷っている人たちへ
小野さんに、避難を迷っている人たちへのアドバイスはありますか?と質問したところ、「一番大切なのは『勢い』と『ご縁』」という答えが返ってきました。

「とにかく問合せをしてみて、一言二言会話してみれば、人となりは分かる。だから、思い切って電話してみてほしい」(小野さん)

一方で、物件登録をされる方のちょっとした工夫が、迷っている方たちの背中を押すこともあります。避難を検討している人の中には、「物件情報の他にも趣味や個人でやっているブログなどが紹介されていると安心できる・連絡しやすい」という人もいるようです。

「(こうした活動を)誰のためにやっているのか?と考えたときに、あくまで相手の人のため。相手の人の心で考えることが大事だと思います」(有賀社長)

イシズエさんは、入居者が仮り住まいを延長したければ出来る限り対応するし、これからも物件提供はずっと続けていきたいとのこと。小野さんも、短期滞在OKなど条件の合う物件があれば、また仮り住まいをお願いしたいと考えているそうです。

「いずれ機会があれば、東京のイシズエさん本社に行って、お礼が言いたい。佐藤さんは『わざわざ来なくていい』と言うんですけどね」(小野さん)

「仮り住まい」を通じて生まれる縁や絆こそが、 避難される方にとっても、また部屋を提供される方にとっても一番の力になる。小野さんとイシズエさんのお話には、そんな「力」が溢れていました。

(取材・文/石神夏希)

 

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